変形性膝関節症の痛みに対して、 「痛みを伝える神経を冷却する」という治療法があることをご存じでしょうか。
この治療はCryoneurolysisと呼ばれ、海外では変形性膝関節症(膝OA)の疼痛治療などへの応用が進んでいます。
その代表的な医療機器の一つがiovera°(アイオベラ)です。
2026年6月には、人工股関節・人工膝関節をはじめとする整形外科領域の世界的大手企業Zimmer Biometが、Pacira BioSciencesからiovera°事業を取得する契約を締結したことが発表されました。
私は以前から、変形性膝関節症に対する「末梢神経をターゲットとした疼痛治療」に注目してきました。
今回の動きは、人工関節を専門とする整形外科医としても非常に興味深いニュースだと考えています。
この記事でわかること
- iovera°とはどのような医療機器なのか
- Cryoneurolysisの仕組み
- 神経を冷却しても再生する理由
- 変形性膝関節症や人工膝関節手術への応用
- Zimmer Biometによるiovera°事業取得の意味
- 今後期待される膝痛治療の可能性
iovera°とは?
iovera°は、Cryoneurolysisを行うための医療機器です。
膝の痛みを伝えている末梢神経を標的として、専用のプローブを用いて低温を加えることで、一定期間、痛みの信号が伝わりにくい状態を作ります。
一般的な膝の保存治療では、
- 鎮痛薬
- 関節内注射
- リハビリテーション
- 装具療法
などが行われます。
これに対してCryoneurolysisは、「痛みを伝える末梢神経そのものを標的にする」という点が大きな特徴です。
なぜ神経を冷却すると痛みが軽減するのか?
Cryoneurolysisでは、標的となる末梢神経を低温にすることで神経軸索に障害を起こし、痛みの信号が一時的に伝わりにくくなります。
このときに生じる変化の一つが、Wallerian degeneration(ワーラー変性)です。
ワーラー変性とは、神経軸索が障害された際に、その障害部位より末梢側の軸索が変性していく現象です。
重要なのは、適切なCryoneurolysisでは神経周囲の支持構造が保たれるため、時間の経過とともに軸索が再生し、神経機能が回復していくことです。
つまりCryoneurolysisは、
「痛みを伝える神経を永久に切断する治療」ではなく、一時的に神経伝導を遮断し、その後の神経再生が期待できる治療
という特徴があります。
Cryoneurolysisの特徴は「可逆性」
膝の痛みを伝える神経をターゲットとする治療には、高周波を用いたRadiofrequency Ablation(RFA)など、さまざまな方法があります。
その中でCryoneurolysisに私が注目している理由の一つが、神経再生を前提とした可逆性のある治療であることです。
治療効果は永久に続くものではありません。
逆に言えば、神経が再生することを前提として、一定期間痛みを軽減するという考え方です。
変形性膝関節症は慢性疾患であり、
「保存治療では十分に痛みが取れない。しかし、まだ人工関節手術は受けたくない」
という患者さんも少なくありません。
こうした患者さんに対する新しい選択肢として、Cryoneurolysisには可能性があると考えています。
「cryo(冷却)」を利用した治療は、他の医療領域でも使われています
「神経や組織を冷却して治療する」という考え方は、整形外科だけの特殊なものではありません。
低温エネルギーを利用した治療は、すでにさまざまな医療領域で臨床応用されています。
代表的なものとして、循環器領域では心房細動に対するクライオバルーンアブレーションがあります。
これは、心房細動の原因となる電気信号を遮断するために、心筋組織をバルーンで冷却する治療です。現在では、心房細動に対するカテーテルアブレーションの代表的な方法の一つになっています。
また耳鼻咽喉科領域では、慢性鼻炎による鼻水や鼻づまりなどに対して、神経を冷却する治療も研究・臨床応用されています。
さらに疼痛治療の領域では、
- 胸部手術後の疼痛に対する肋間神経Cryoneurolysis
- 末梢神経障害性疼痛に対するCryoanalgesia
- 一部の神経腫などに対する冷却治療
など、末梢神経を冷却して一定期間痛みを抑える治療も検討されています。
もちろん、心房細動のcryoablationと膝痛に対するCryoneurolysisでは、標的となる組織や治療目的は異なります。
しかし、「低温という物理エネルギーを利用して、特定の組織や神経機能をコントロールする」という技術そのものは、すでに複数の診療領域で利用されています。
膝関節の疼痛治療におけるCryoneurolysisも、こうしたcryo technologyの医療応用の一つとして、今後さらに発展していく可能性があると考えています。
変形性膝関節症に対する研究も行われています
iovera°を含むCryoneurolysisについては、すでに海外で複数の臨床研究が行われています。
例えば、
- 変形性膝関節症患者の痛みや機能に対する効果を検討した無作為化比較試験
- 偽治療(sham treatment)とCryoneurolysisを比較した研究
- 治療後の疼痛やQOLの変化を検討した研究
などが報告されています。
一定の疼痛軽減効果を示した研究がある一方、すべての研究で一貫した結果が得られているわけではありません。
そのため現時点では、 有望な治療法ではあるものの、どの患者さんに、どの神経を、どのように治療するのが最も効果的なのかについて、今後さらに研究が必要な領域 と考えるのが適切です。
人工膝関節手術(TKA)の周術期にも研究されています
Cryoneurolysisは、変形性膝関節症そのものの痛みだけではなく、人工膝関節全置換術(TKA)前後の疼痛管理にも応用が研究されています。
例えば、TKAの前に膝周囲の知覚神経へCryoneurolysisを行い、
- 術後疼痛
- 鎮痛薬の使用量
- 術後の機能回復
などへの影響を検討した臨床研究があります。
人工関節手術そのものを進歩させるだけでなく、「手術前から術後まで、いかに患者さんの痛みを減らすか」という観点からも興味深い治療です。
Zimmer Biometがiovera°事業を取得する契約を発表
2026年6月30日、Pacira BioSciencesは、iovera°事業をZimmer Biometへ譲渡する契約を締結したと発表しました。
Zimmer Biometは、人工股関節や人工膝関節などを世界的に展開する整形外科医療機器メーカーです。
そのZimmer Biometがiovera°を自社のポートフォリオに加えようとしていることは、非常に興味深い動きです。
人工関節治療は、
「痛くなった関節を人工関節に置き換える」
だけで完結するものではありません。
保存治療から手術までの期間、そして手術前後を含めて、患者さんの痛みをどのようにコントロールするかも重要です。
Cryoneurolysisが、こうした一連の膝OA治療の中でどのような位置を占めていくのか、今後注目されます。
日本ではまだ一般的な治療ではありません
2026年8月現在、iovera°を用いたCryoneurolysisは、日本では米国のように変形性膝関節症に対する一般的な治療として普及しているわけではありません。
したがって、現時点で当院において通常の保険診療としてiovera°による治療を提供しているわけではありません。
一方で、
- 薬剤を使用せず疼痛伝達を抑える
- 痛みに関係する末梢神経を標的にできる
- 神経再生による可逆性が期待できる
- 人工関節手術をまだ希望しない患者さんへの応用
- TKA前後の疼痛管理への応用
など、Cryoneurolysisには興味深い特徴があります。
人工関節専門医として注目している治療です
私は以前から、変形性膝関節症の痛みに対して末梢神経を標的とする治療に注目しています。
膝OAの治療を、
「注射で改善しなければ人工関節」
という二択だけで考える必要はありません。
痛みがどこから生じているのかを考え、その疼痛伝達経路そのものに介入するというアプローチには、今後さらに発展する余地があると考えています。
特にCryoneurolysisは、ワーラー変性を利用して一時的に神経伝導を遮断し、その後の神経再生が期待できるという特徴があります。
Zimmer Biometによる今回のiovera°事業取得を契機として、この技術が今後どのように発展し、日本を含め世界に広がっていくのか注目していきたいと思います。
まとめ
iovera°は、低温を利用して末梢神経からの疼痛伝達を一時的に遮断するCryoneurolysisの医療機器です。
Cryoneurolysisでは、神経軸索にワーラー変性を生じさせる一方、神経の支持構造が保たれることで、その後の神経再生が期待できます。
そのため、 「永続的に神経を切断するのではなく、一定期間痛みを抑え、その後神経が再生していく」 という点が、この治療の大きな特徴です。
変形性膝関節症や人工膝関節手術前後の疼痛管理についてすでに複数の研究が行われていますが、まだ発展途上の領域でもあります。
日本でどのように普及していくのかは現時点では分かりませんが、膝OAに対する新しい疼痛治療の選択肢として、今後の発展が期待されます。
参考文献・出典
- Radnovich R, et al. Cryoneurolysis to treat the pain and symptoms of knee osteoarthritis: a multicenter, randomized, double-blind, sham-controlled trial. Osteoarthritis Cartilage. 2017;25(8):1247-1256.
- Mihalko WM, et al. Cryoneurolysis before Total Knee Arthroplasty in Patients With Severe Osteoarthritis for Reduction of Postoperative Pain and Opioid Use in a Single-Center Randomized Controlled Trial. J Arthroplasty. 2021.
- U.S. Food and Drug Administration. iovera° System. 510(k) K220656.
- Pacira BioSciences. Pacira BioSciences Announces Agreement to Divest its iovera° Business to Zimmer Biomet. June 30, 2026.
ご相談・診療について
当センターには福知山市を拠点に、北近畿エリア(綾部市・京丹後市・宮津市・与謝野町・舞鶴市・豊岡市・養父市・朝来市・丹波市)からも多数ご来院いただいています。
変形性膝関節症の治療や人工膝関節手術についてお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
この記事は京都ルネス病院人工関節センター長、整形外科専門医・人工関節認定医 藤井嵩が執筆しています。

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