「膝の軟骨がすり減っているから痛いですね」
変形性膝関節症について、このように説明を受けたことがある方は多いと思います。
確かに、軟骨のすり減りは変形性膝関節症の重要な変化の一つです。
ところが、ここには少し不思議な点があります。
健康な関節軟骨には、基本的に痛みを感じる神経がありません。
では、神経のない軟骨がすり減ると、なぜ膝が痛くなるのでしょうか?
実は変形性膝関節症の痛みは、「軟骨そのものが痛い」というよりも、軟骨の変化に伴って滑膜、軟骨の下にある骨、関節包など、神経を持つ周囲の組織に変化が起こることによって生じると考えられています。
今回は、「軟骨がすり減るとなぜ痛いのか?」という疑問から、変形性膝関節症の痛みの正体を人工関節を専門とする整形外科医の立場から解説します。
この記事でわかること
- 関節軟骨そのものに痛みを感じる神経があるのか
- 変形性膝関節症ではどこから痛みが生じるのか
- 滑膜炎と膝の痛みの関係
- 軟骨下骨が痛みの原因になる理由
- レントゲンの変形と痛みが一致しない理由
- 「軟骨に神経がない=軟骨が減っても問題ない」ではない理由
健康な関節軟骨には、基本的に痛みを感じる神経がありません
膝関節の表面は、「関節軟骨」という非常になめらかな組織で覆われています。
関節軟骨は、体重を受け止めながら、大腿骨と脛骨を滑らかに動かす重要な役割を持っています。
しかし、正常な関節軟骨には、血管や痛みを感じる神経がほとんどありません。
そのため、
軟骨そのものが「痛い」と感じているわけではありません。
米国整形外科学会(AAOS)も、膝蓋大腿関節の痛みについて、関節軟骨自体には神経がないため、軟骨の損傷そのものが直接痛みを発生させるわけではないと説明しています。
では、変形性膝関節症で感じるあの痛みは、どこから来ているのでしょうか?
膝の痛みは「関節全体」から生じます
現在、変形性膝関節症は単なる「軟骨の病気」ではなく、関節全体に変化が起こる病気と考えられています。
膝関節には軟骨だけでなく、
- 滑膜
- 軟骨下骨
- 骨膜
- 関節包
- 靱帯
- 半月板
- 脂肪体
など、さまざまな組織があります。
そして、これらの多くには痛みを感じる神経があります。
つまり、
軟骨のすり減りをきっかけとして関節全体の環境が変化し、神経を持つ周囲組織から痛みが生じる
というのが、現在の変形性膝関節症の理解に近いものです。
膝OAの痛みについて、さらに詳しい仕組みはこちらの記事で解説しています。
膝の痛みはなぜ起こる?変形性膝関節症の痛みの仕組みを詳しく見る
① 滑膜が炎症を起こして痛む
膝関節の内側には、「滑膜(かつまく)」という薄い組織があります。
滑膜には神経や血管が存在しています。
変形性膝関節症では、軟骨やその他の関節組織の変化に伴って、滑膜に炎症が起こることがあります。
これを滑膜炎と呼びます。
滑膜炎が起こると、
- 膝が痛む
- 膝が腫れる
- 熱をもつ
- 関節液が増える
といった症状につながることがあります。
つまり「軟骨が減っている膝が痛い」場合でも、実際に痛みを感じている場所の一つは軟骨ではなく滑膜なのです。
膝に水がたまる仕組みについてはこちらの記事でも解説しています。
膝に水がたまるのはなぜ?関節水腫の原因と治療について詳しく見る
② 軟骨の下にある骨「軟骨下骨」が痛む
もう一つ重要なのが、軟骨下骨(なんこつかこつ)です。
これは名前の通り、関節軟骨のすぐ下にある骨です。
軟骨とは異なり、骨には痛みを感じる神経があります。
変形性膝関節症では、軟骨が傷んで荷重をうまく分散できなくなると、軟骨下骨にかかる負担が変化します。
軟骨下骨では、
- 骨のリモデリング
- 微細な損傷
- 骨髄病変
- 血管や神経の変化
などが起こることがあり、これらが痛みに関係すると考えられています。
MRIでみられるbone marrow lesion(骨髄病変)と膝OAの痛みとの関連についても、これまで多くの研究が行われています。
したがって、
「軟骨がなくなって骨が見えているから、軟骨が痛い」のではなく、軟骨の下にある神経を持った骨に大きな負担がかかることが痛みの一因
と考える方が正確です。
③ 関節包・靱帯・半月板なども痛みの原因になります
膝の痛みの原因は滑膜や軟骨下骨だけではありません。
膝関節を包んでいる関節包や靱帯、半月板の一部などにも神経があります。
変形性膝関節症によって膝の形や動きが変化すると、これらの組織にも通常とは異なる力が加わります。
そのため、
「膝のどこか一か所だけが痛い」のではなく、複数の組織が同時に痛みに関係している
ことがあります。
では、軟骨は痛みと無関係なの?
ここは誤解しないことが重要です。
「軟骨には神経がない」と聞くと、
「それなら軟骨がすり減っても問題ないのでは?」
と思うかもしれません。
もちろん、そういう意味ではありません。
関節軟骨は、
- 荷重を分散する
- 骨同士を滑らかに動かす
- 衝撃を吸収する
という非常に重要な役割を持っています。
軟骨が傷むと、膝関節全体の力学的な環境が変化します。
その結果、滑膜炎や軟骨下骨への負担など、神経を持つ組織に痛みを生じる変化が起こりやすくなるのです。
つまり、
軟骨自体は通常直接痛みを感じなくても、軟骨の損傷は膝の痛みを生み出す重要な出発点の一つ
と考えると分かりやすいでしょう。
さらに、変形性関節症では神経そのものも変化する可能性があります
もう少し専門的な話をすると、近年の研究では、変形性関節症の進行に伴って関節周囲の神経の分布や感受性そのものが変化することも分かってきています。
健康な関節軟骨は基本的に神経を持たない組織ですが、進行した変形性関節症では、通常は神経が存在しない領域へ血管や神経が入り込む病的な神経新生も報告されています。
また、長期間痛みが続くことで末梢神経や中枢神経の痛みに対する感受性が変化し、刺激を強く痛く感じるようになることもあります。
そのため、変形性膝関節症の痛みは、
単純に「軟骨が何mm減ったか」だけでは説明できません。
レントゲンが悪くても痛くない人、変形が軽くても痛い人がいるのはなぜ?
外来では、
「レントゲンはかなり変形しているのに、それほど痛くない人」
もいれば、
「レントゲン上の変化はそれほど強くないのに、非常に強い痛みを感じる人」
もいます。
これは決して珍しいことではありません。
その理由の一つが、まさに痛みは軟骨の減り方だけで決まらないからです。
滑膜炎の程度、軟骨下骨の変化、関節周囲の組織、神経の感受性など、多くの要因によって患者さんが感じる痛みは変わります。
そのため治療方針を考える際には、
「レントゲンが悪いから手術」ではなく、画像所見と患者さんの症状・生活への影響を合わせて判断すること
が重要です。
「軟骨を増やせば痛みがなくなる」とも限らない
この考え方は、新しい膝OA治療を考えるうえでも重要です。
「軟骨が減る=痛い」と単純に考えると、
「軟骨さえ再生できれば、膝の痛みはすべて治る」
ように思えるかもしれません。
しかし、膝の痛みが滑膜、軟骨下骨、神経など複数の組織から生じるのであれば、軟骨だけを治療すればすべて解決するとは限りません。
現在では、変形性関節症を「軟骨だけの病気」ではなく「関節全体の病気」として捉えることが重要になっています。
膝OAの治療も「関節全体」を見て考える
変形性膝関節症の治療では、
- 運動療法
- 体重管理
- 薬物療法
- 関節内注射
- 装具療法
- 末梢神経を対象とした疼痛治療
- 人工膝関節などの手術療法
など、さまざまな選択肢があります。
どの治療が適しているかは、
「軟骨がどれくらい減っているか」だけでは決まりません。
患者さんの年齢、痛みの程度、関節の変形、炎症、歩行能力、生活への影響などを総合的に考える必要があります。
変形性膝関節症の治療全体についてはこちらでまとめています。
よくある質問(FAQ)
Q. 軟骨には本当に神経がないのですか?
健康な関節軟骨には、通常、痛みを感じる神経はありません。
そのため軟骨そのものの損傷が直接痛みを感じさせるわけではありません。
ただし、進行した変形性関節症では、本来神経のない領域への病的な神経侵入が報告されており、病態は単純ではありません。
Q. では、軟骨が減っても痛くないことがあるのですか?
あります。
レントゲンで変形が強くても、それほど痛みを感じていない方もいます。
反対に、画像上の変化が比較的軽くても強い痛みを感じる方もいます。
痛みは軟骨の量だけでなく、滑膜炎、軟骨下骨、周囲組織、神経の感受性など複数の要因によって決まります。
Q. 「骨と骨がこすれるから痛い」という説明は間違いですか?
完全な間違いではありませんが、かなり単純化された説明です。
軟骨が失われることで関節の力学的環境が変わり、軟骨下骨への負担が増えることは痛みにつながります。
一方で、滑膜炎なども重要な痛みの原因なので、「骨と骨が当たることだけが痛みの原因」と考えるのは正確ではありません。
Q. 軟骨を再生すれば変形性膝関節症は治りますか?
現時点では、そのように単純には言えません。
変形性膝関節症では軟骨だけでなく、軟骨下骨、滑膜、半月板、靱帯など関節全体に変化が起こります。
そのため、軟骨だけを治療すれば痛みや病気そのものがすべて改善するとは限りません。
Q. レントゲンで軟骨が減っていると言われたら人工関節が必要ですか?
レントゲン所見だけで人工関節手術を決めるわけではありません。
痛みの程度、歩行能力、日常生活への影響、保存治療の効果などを総合的に判断します。
まとめ
変形性膝関節症では軟骨のすり減りが重要な変化ですが、健康な関節軟骨自体には通常、痛みを感じる神経がありません。
膝の痛みには、
- 滑膜の炎症
- 軟骨下骨への負担や変化
- 関節包や靱帯など周囲組織
- 神経の感受性の変化
など、さまざまな要因が関係しています。
したがって、
「軟骨がすり減ったから、その軟骨そのものが痛い」
という理解は少し正確ではありません。
一方で、これは「軟骨がすり減っても問題ない」という意味でもありません。
軟骨が傷むことで膝全体の力学的・炎症性環境が変わり、神経を持つ周囲組織に痛みが生じる原因となります。
変形性膝関節症は「軟骨だけを見る病気」ではなく、「関節全体を見る病気」。
この視点を持つと、なぜレントゲン所見と痛みが一致しないことがあるのか、なぜ患者さんごとに必要な治療が違うのかも理解しやすくなります。
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参考文献・出典
- American Academy of Orthopaedic Surgeons (AAOS). OrthoInfo. Patellofemoral Pain Syndrome.
- Batchelor V, Perry TA, Cader MZ, Vincent TL. Peripheral neuronal sensitization and neurovascular remodelling in osteoarthritis pain. Nat Rev Rheumatol. 2025;21:526-545. doi:10.1038/s41584-025-01280-3.
- Sofat N, Ejindu V, Kiely P. What makes osteoarthritis painful? The evidence for local and central pain processing. Rheumatology (Oxford). 2011;50(12):2157-2165.
- Dieppe PA, Lohmander LS. Pathogenesis and management of pain in osteoarthritis. Lancet. 2005;365:965-973.
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変形性膝関節症について、
- 「軟骨がすり減っていると言われた」
- 「レントゲンは悪いと言われたが、本当に手術が必要なのか知りたい」
- 「注射や薬を続けても痛みが改善しない」
- 「人工膝関節手術を考える段階なのか相談したい」
など、治療方針についてお悩みの方はご相談ください。
この記事は京都ルネス病院人工関節センター長、整形外科専門医・人工関節認定医 藤井嵩が執筆しています。
